vol.9

宇治野 宗輝

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宇治野 宗輝 ワイアード・フォー・スカルプチャー

POP/LIFE  日本にポップは無かった。

2015.04.25

  • Photos taken by Hideki Yamaguchi
  • Text by Kozue Furutani

「半ばムキになってポップと対峙していたつもりだったんですが、日本にポップは無かったっていうことがわかったんです」。そう語るのは2015年2月、SPACE8で展示を行ったアーティスト・宇治野宗輝氏。
2013年には箱根彫刻の森美術館で「ポップ/ライフ」と題した個展も実施。90年代から、装飾トラックの電飾や、ミキサー、電動ドリルなどの工業製品を用いて「サウンドスカルプチャー」と呼ばれる作品群を発表してきました。徹底的にポップと向き合ってきた宇治野さんが「日本にポップは無かった」という答えに辿り着いたのはなぜか。
宇治野さんとポップの関係を探るため、お話を伺ってきました。

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「ポップ」の真ん中でアイデンティティを形作る
東京生まれの東京育ち。父親は大正生まれの人で、骨董品が家に転がっていたりしました。僕が生まれたのは1964年、東京オリンピックの年。1989年、バブルが崩壊した年に25才になりました。僕のアイデンティティは日本が特殊な変化を遂げるのと同じくして形成され、消費社会となるまっただ中で「エゴ」を形作っていったんです。

世の中はデザインでできている。見渡せば手に触れる物、目に入る物はすべてデザインされた工業製品で、世界はそういった物質でできている、という考えが高校のころからあったと思います。今は情報の時代ですが20世紀は物質の時代でしたから。渋谷で遊んでいても、大量につくられて、大量に消費されるモノがまわりにあふれていて。漠然と他とは違う何かをつくりたいという思いはそのころからありましたが、アートをやろうという具体的な思いにまではなっていませんでした。高校にはファッションに優れたやつもいて、流行のモノをうまくつかまえてとりいれていて。そんな友人を見ている反面、家に帰れば着物を着た父親が畳の上に座っている、そんな西洋と東洋の狭間にいたんだと思います。そこにどう向かい合っていくか、というのが当時の僕の中で一大テーマでした。
高校はいわゆる進学校。受験期になると周りは東大や早稲田に手を挙げるんです。でも僕はその中で落ちこぼれだったし、芸大に行くと手を挙げ…。僕の作品づくりもそうなんですが、学校で習った「こうやりなさい」ということと真逆のことをやっているんですよね。

「アーティスト」としての出発
大学では「工芸科」に進みましたが、民芸や工芸に興味があったわけではなく、「日本独自のモノづくりのコアを学ぶことが出来るんじゃないか」という期待があり、受験を決めました。絵を描いたりデザインすることよりも、プラスチックとか物質そのものが好きだったというのも決め手かもしれません。
大学では、体系的にモノづくりのコアを学べるとおもっていたのに、入ってみるとそこは師弟関係で成り立っている世界。もちろん勉強になることはたくさんあったんですが、相対的にモノづくりを学びたいという思いはかなわなかったですね。
大学院受験に失敗して卒業してからは、芸大受験予備校の先生をやったり、デザイナーの先生の下でアルバイトをしたり…。そういうことをやりながら、昔からやっていたバンドも続けていて、その中でサウンドスカルプチャーという作品を作りあげました。
それが第一号のLove Arm。

「Love Arm」シリーズに使っているライトは、トラック野郎のデコトラについている部品なんですが、よく見ると50年代のアメリカ車のデザインが流用されているんです。50年代アメリカ生まれのデザインが、日本に来た時にまったくちがう解釈になっている、そこに面白味を感じて使っています。
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とことん「ポップ」に向き合い、答えを探す
ポップアートという、20世紀半ばのイギリスで生まれ、アメリカで広まった概念に対して、21世紀の日本で独自の答えを探そうとしているということが、西洋人にとってはおもしろいのかもしれません。
2000年代になり、「グローバル」という言葉がはやり、アートの世界では「多文化主義」がもてはやされていて。西洋では西洋圏外のアーティストをあつめて展覧会がよくひらかれていました。そこに呼ばれた時にも、世界中どこにでもあるもの、世界のどこで買っても同じようなもの―ドリルやパッケージなど―を使って、現地で作品をつくるという活動をしていました。その作品が「The Rotators」シリーズです。

僕はそうやって、半ばムキになってポップに対峙していたつもりだったんですが、彫刻の森美術館で展覧会をやる中で気づいてしまったんです。日本にポップ文化は全く無かったんです。というか、大量に消費しただけで根付かなかったんですね。やっぱり、ポップは戦勝国だからこそありえた事象であって、敗戦国の日本にポップが根付くことはありえなかったんです。そう感じたのは、作品への反応で、日本だと「これってお笑いですか?マジですか?」としか聞かれないんです。日本の文化という文脈での「ポップ」を詰め込んだつもりが、多くの観客には全く気付かれなかった。しかも「POP/LIFE」なんていうタイトルでやってしまって。日本は1964年東京オリンピックで先進国の仲間入りを果たし、急激な経済成長を果たしてきた。だからこそ、日本で、日本人がアートを通じてポップを考察し、独自の提案をする権利と責任があると思っていた。消費の時代が峠を越えた今、過去を振り返って。でも消えない敗戦のトラウマと西洋コンプレックス、あと日本人の国民性というか、全体主義のツンデレなところ。そういった一面が、ポップが根付かなかった一因なんでしょうか。ポップに対して独自の答えを出そうにも、その基盤自体が成立していないことに今更気づきました。少しはわかっていたはずなんですが。
逆にヨーロッパで展示をすると、「イタリアの未来派とどういう関係があるんですか?」と聞かれたりする。そんな文脈で自分の作品を考えたことはなかったんですが、そこで「知りません」って言ってしまうと、自分の限界を示してしまうようなもの。そこで「僕は東京で生まれて育ったので、未来派のコンセプトを具現化したものに接したとすれば、それはアメリカ文化。だから僕はアメリカ経由の未来派だ」と答えたんです。そういう問答が日本では無いんですよね。

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